ILAカンファレンス2002 キーノートスピーチ
「教育、教育,教育とIT」
慶應義塾大学教授/慶應幼稚舎舎長
金子郁容
私は3年ちょっと前から小学校の校長を兼任しております。他の小学校でもそうなのかもしれませんが、上級生は1年生の面倒をよくみてくれます。これは去年の話なのですが、6年生の間で一番流行った遊びが、1年生をおんぶして歩くということでした。そこここでみんなが1年生をおんぶして歩いていて、最近は親御さんにおんぶしてもらわないのにどこから思いついたのかと不思議に思ったものです(笑)。子どもたちというのは、こうしていつでもどこでも自分たちが楽しいこと、面白いことを発見していく存在なのですね。小学校のみならず、大学、社会人教育に至るまで、教育で一番大切なことは人との触れ合いであり、お互いに学ぶということではないでしょうか。その上で、今日は、ITと教育についてお話しします。
ネットワークというのは、まだ見ぬ人と触れ合いが生まれ、繋がることができるツールです。私を含め、人間というのはちっぽけな存在で、自分がどういう形で社会に役立っているのかがなかなかわからないものですが、ネットワークで繋がることによって自分の経験やよく知っていること、小さくとも得意なことがほかの誰かの役に立つという経験ができたりします。そういった意味で、ネットワークというものは、基本的には、さまざまな人を繋ぎ、力を与える存在なのではないかと思うのです。アイラでは、そういうネットワークを学校教育、専門的な教育、社会人教育に役立てていけるように、少しでもお手伝いできればと考えております。
広い意味での教育改革が始まる
今日の私のタイトルに、どうして「教育、教育、教育」とあるのか?とお思いになった方もいらっしゃることでしょう。これは、イギリスの首相でありますトニー・ブレアが数年前に演説をしたとき、イギリスには3つの課題がある、そしてそれらは「1:Education!2:Education!3:Education!」といったことになぞらえています。社会をつくる一番の基礎となるのは、広い意味での「Education」だという考え方ですね。
また、アメリカ大統領ジョージ・ブッシュはタカ派的イメージがありますが、大統領になって最初に通した法案は教育改善に関するものでした。世界中どこにおいても、国の力、社会の力を最終的に担うのは人材であり、教育なのだという意識が強いのです。
では日本はどうかといいますと、現在マスコミを賑わしているのは、「ゆとり教育」と「学力の低下」という、かなり表面的な議論であるような気がします。また、新学習指導要領が導入されて、特に東京では学習塾がうれしい悲鳴を上げるほど大人気になっているといった、ちょっとおかしな現象が起こっています。しかし一方では、民間の校長が出てきたとか非常勤の先生は教員免許がいらない地域の人にお願いするといった、さまざまな試みも出てきました。が国でも、教育改革が実質的にスタートしつつあるのです。
学校教育が変わっていく要因ですが、おおざっぱにいって、3つあると思います。
1つには、特にこれは公立学校についてですが、教育システムに対する不満が大きいということがあると思います。東京都で行なった調査ですが、保護者の半数以上が「不満」という風に答えています。これはたぶん控えめな数字ではないかと思います。
2つ目には、これまで行政の傘の下にすっぽりと収まっていた学校教育の規制緩和の動きが挙げられます。これは新しい「市場」を生み出す可能性を秘めているのですが、残念ながら日本はこの点で大変遅れております。たとえばということですが、教員免許は1度取ったらずっとそのままですが、仮に教員免許を3年ごとに更新しなければならない、としましょう。そしてその更新審査は認可を受けた民間団体がe-Learningで行なうことになったと仮定します。もし、一人当り1回につき1万円の更新料が支払われると想定しますと、年間200億円程度の「市場」ができる計算になるのです。もちろん、教育で金儲けをせよと言っているのではありません。仮にこのような規制緩和が実施されると、「市場」ができて質のいいサービスが提供される可能性があり、内需拡大にも貢献するということです。
3つ目の要因には、今日の主なテーマにもなっている「インターネットの普及」ということが挙げられます。基本的にインターネットは、みんなが情報を「共有する」ツールです。みんなが情報を共有することで、うまくゆけばよりよい社会が形づくられ、組織のガバナンスも変わってくる可能性が出てくるというわけです。先生とは自分の知っていることをそれを知らない子どもたちに教えるものだ、という教育スタイルそのものをインターネットが変えていく、いわば「パラダイムの変化」を引き起こすのではないかと考えております。
義務教育はタダであるかのように感じている人が多いようですが、実際は、義務教育には10兆円以上の公費が投入されています。小学生1人あたりにして80 万円以上の公費が支出されている計算になります。にも関わらず先ほどあったように、教育に対して多くの人が不満足なのだとしたら、これは何かしらの手を打たないわけにはいきません。
これまで教育に対しては、あまり「費用対効果」という考え方がとらえませんでした。確かに、授業がどのくらいの効果をもつかを測るのは難しいことです。しかし、よいサービスをどう提供するかという視点から、力を発揮した分、それに見合う成果がともなってほしいという「生産性」「費用対効果」という意識が、最近の教育改革のなかで芽生え始めてきているように思います。
広い意味での教育改革が始まる
医療や保育や介護などの公共サービスの分野ではだんだんと行政改革が進んでいるにもかかわらず、学校教育だけは依然として官僚組織によるガードが非常に高く、さまざまな壁が存在しています。とはいえ、IT利用のe-Learningについていえば、高等教育や社会人教育の分野で大変大きな可能性があり、数年後はビジネスとして十分に立ち上がっていることが期待されると思います。
技術者の養成、社内研修、リカレント教育、たとえばITや語学のe-Learningは、すでにかなり盛んになっていますが、一歩進めて、内容をきちんと認証したプログラムをさまざまな教育機関やNPOなどが担っていくということで一層、実質的な効果が上がるものになるのではないでしょうか。
現在のところ、ITに関連して日本が直面するもっとも切実な問題は技術者が圧倒的に不足しているということです。たとえばの話ですが、e- government、つまり電子政府として、3300の自治体がそれぞれ自分のサーバを管理しなくてはいけないとしたら、少なくとも3300の管理者が必要になる。が、サーバ管理できる人はどこにいるの? というのが現状です。
多様性が求められる教育現場とe-Learningの活用
今や、「一流大学を出ればいい職につける」というような安易な図式は崩壊しています。まだ法律化はしていませんが、近いうちに国公立大学は法人化し教職員は非公務員化するということになるでしょう。それとともに国公立大学は統廃合するなど競争原理を働かせようという動きが始まってきています。国公立大学にも、戦略性が求められる時代が来るのです。国公立大学が、いわば「私学化」するのですから、迎え打つ私学も、これまでにまして大変になってきます。
国からの研究資金投入については、これまでのように国立大中心ではなく「競争的資金配分」という形になるらしいです。また、大学を設置する際の基準が緩和されて、その代わりに、認定を受けた団体が設立後の活動を厳しく調査するというシステムが始まります。つまり、お国の御墨付きをもらえばいいということから、「本当にきちんと授業を行なっているのか?」「先生はしっかりとしているのか?」など「事後調査(=アクレディテーション)」の結果が公表され、消費者(つまり、学生や親)が選択するということになるのです。ここで、アクレディテーションは、国がするのではなくてNPOや学会などが実施するということになりそうです。これは、高等教育に関するとても大きな競争環境の変化となるはずです。大学は自主性を問われる、競争の時代を迎えつつあるのが現実といえるでしょう。
スタンフォード大学など、アメリカの有名大学が、e-Learningで大学院単位の履修を認めるという動きを見せ始めています。また、CMUがシリコンバレー企業を対象としたe-Learning主体の大学院を設立するなどの最新の同行もあります。
このように国際的に力をもっった有名な大学が、ITを活用した多様な形での教育を提供しようとしています。日本の大学でも、「権威」よりも「実質」を求める傾向が強くなるのは必然だといえます。これからは本当に良い教育を、利用者にとって便利で効果的に提供する大学が勝ち残っていく時代であるともいえます。そんななかで、ITの利用は教育における大きな要素になることでしょう。
これまで述べたように、大学ではかなり本質的な規制緩和が行われ、それとともに、グローバルな競争が始まりつつあります。小・中学の場合はそこまではいってませんが、やはり規制緩和の動き、教育の多様化へと向きつつあります。大学レベルの話とはちがいますが、初等中等教育についても、より良いサービス提供者に出てきてもらおうということで、学校設置基準の緩和の流れがあります。
これまでは、文科省に言われる通りという感じだった自治体も徐々に動きが活発になっています。高校では、私立学校とみまがうような試みが実施され始めています。小中学校では、たとえば、長年進まなかった学校選択制が、この数年でずいぶんと普及してきました。足立区などでは、区内の学校をどれでも自由に選べるようになりました。そうなると、各学校でどういう方針でどんなことをやっているかを消費者(=子どもや親)に伝えることが求められるようになります。つまり、学校は今、どういうポリシーでどういったことをやっているかが問われ始めているのです。さらに、自治体独自の財政を投入して、学科担任制(専門的な知識を持った先生が専門の教科を教える)をとったり、小人数化、習熟度別クラスの導入などを進める傾向が全国的に広がりつつあります。
そんななか、制度としての一番大きな変化の可能性があるのは「コミュニティ・スクール」です。今されつつあるいろいろな工夫が、教育行政の巨大なヒエラルキの中での小さな改善であるのに比べて、コミュニティ・スクールでは、教員の人事権、予算配分などを学校や地域代表からなる協議会で自律的に決めてゆこうという、本格的な規制緩和を伴うもので、公立学校の選択肢を増やそうという提案です。これが実現するかどうかはこれからの検討次第ですが、いろいろなアプローチで学校の多様化が始まっているということです。
大学に関する規制緩和によって、履修しなければならない124単位のうちの半分程度はネットで履修できるようになりました。さらに通信学部では、すべての単位をネットで履修してもいいということになっています。よりよいサービスを社会人を含めた広い層の学生に提供するという観点からも大学での本格的なe- Learning導入が現実的な段階に入っています。大学と同時に、高校でも多様な教育スタイルが登場してきています。たとえば単位制・定時制高校は、「もう一度学業をやり直したい」「もう少しさまざまなライフスタイルを追求したい」「インターネット技術を習得したい」など、ニーズが多様化していますが、最新のスキルを身につけるためのe-Learning導入という動きも出てきているようです。
ある試算によれば、高等教育でのe- Learning市場は2005年で1000億円に上ります。質の良い教育、多様なサービス、大学の生き残り、新しいタイプの高校という風に考えますと、 e-Learningの可能性というものは、かなり現実的な問題として、この数年でビジネスとしても立ち上がるのではないでしょうか。
パラダイムの変化とIT教育の今後
いろいろな組織や分野において、一般的に言って、ITインパクトというものは2通りあると思います。1つは、従来どおりの組織ややり方をそのままに効率化を図ること、もうひとつは、情報を共有することによって組織や物事の運び方そのものを変えていくことです。これまで述べてきたような変化が進む中、教育方法や教育組織がこれまでのままでいいということはないと思います。教育におけるIT、インターネットの効果としては、2番目の方に期待を寄せるところです。
これまでは情報とは「すでにどこかにあるもの」というふうに捉えられてきたと思いますが、そうではなくて、人と人とのやりとりのなかから生まれてくるものだという考え方がこのごろは定着しつつあります。
情報パラダイムの変化にともなって、組織の形態も、一番上に偉い人がいてすべての情報をコントロールし、すべての意思決定をするという「ヒエラルキ型」から、現場に近い人が情報を共有しながら責任と決定権を持つ「コミュニティ型」へと移行していくでしょう。ガバナンスという観点からしても、誰かに支配されている形は現代ではなかなか成果が上がらないものであり、それぞれが持ち場での経験を生かしてどんどん提案していき、独自にルールを作っていくことが求められているのです。教育、とくに学校教育については、これまで、それとほ、まったく逆の組織体制になっていたのではないでしょうか。
今の子供たちは、インターネットを通じでさまざまなことを知っています。表面的な知識だけということでも。もし先生が、子供の知らないことを教えるという形にこだわっていくとするならば、教職とは大変辛い職業になると思います。これからの授業スタイルとは、固定的な知識を移動させるとか、上下関係でなにかを「やらせる」という手法ではなく、情報を共有して試行錯誤させる、双方向性、自発性を重視したコンサルティングとかコーディネーションのような編集的手法が求められるのではないでしょうか。
IT教育というとすぐに「リテラシー教育」と思う人がいいのではないかと思いますが、「リテラシー」だけがIT教育ではけしてありません。リテラシーは第一フェーズといえるのではないか。好奇心旺盛な子どもたちは、ITのリテラシーというものはすぐに獲得してしまいます。心配には及びません。むしろ、リテラシーをつけないといけないのは先生の方です。IT教育の次のフェーズは「授業のIT支援」と言われています。それはたしかに重要なことなのですが、しかし、教科書にある写真をそのままプロジェクターで映し出すだけ。先生が依然として一斉授業をして、生徒は受身で授業を聞くだけ。という授業スタイルではITを活用しているとはいえません。基本的には、生徒それぞれの進度に合わせ、それぞれが興味を持てばさまざまな関連資料がどんどん視聴できる、先生は全体のコーディネートをしながら要所要所でアドバイスを与える。そんなインタラクティブな授業スタイルが効果的な場合が少なくないのではないでしょうか。ITが得意としているのは、実は、このような、インタラクティブな場面です。つまり、IT教育の望ましいスタイルとして、3番目のフェーズとして挙げられるのが「インタラクティブ・ラーニング」です。これは、「教える」という一方向的な授業ではなく、先生も含めてみんなで知識を共有して「学ぶ」授業スタイルを指向するものです。生徒たちは先生が与えるままの知識を丸のみするだけではなく、自分で考え、試し、他の生徒と相談し、まとめ、発表する。そんなプロセスの実現に向けて大きな力を与えるのがITなのではないか、そう思うのです。
金子郁容

ネットワークというのは、まだ見ぬ人と触れ合いが生まれ、繋がることができるツールです。私を含め、人間というのはちっぽけな存在で、自分がどういう形で社会に役立っているのかがなかなかわからないものですが、ネットワークで繋がることによって自分の経験やよく知っていること、小さくとも得意なことがほかの誰かの役に立つという経験ができたりします。そういった意味で、ネットワークというものは、基本的には、さまざまな人を繋ぎ、力を与える存在なのではないかと思うのです。アイラでは、そういうネットワークを学校教育、専門的な教育、社会人教育に役立てていけるように、少しでもお手伝いできればと考えております。
広い意味での教育改革が始まる
教育の重要性
今日の私のタイトルに、どうして「教育、教育、教育」とあるのか?とお思いになった方もいらっしゃることでしょう。これは、イギリスの首相でありますトニー・ブレアが数年前に演説をしたとき、イギリスには3つの課題がある、そしてそれらは「1:Education!2:Education!3:Education!」といったことになぞらえています。社会をつくる一番の基礎となるのは、広い意味での「Education」だという考え方ですね。
また、アメリカ大統領ジョージ・ブッシュはタカ派的イメージがありますが、大統領になって最初に通した法案は教育改善に関するものでした。世界中どこにおいても、国の力、社会の力を最終的に担うのは人材であり、教育なのだという意識が強いのです。
では日本はどうかといいますと、現在マスコミを賑わしているのは、「ゆとり教育」と「学力の低下」という、かなり表面的な議論であるような気がします。また、新学習指導要領が導入されて、特に東京では学習塾がうれしい悲鳴を上げるほど大人気になっているといった、ちょっとおかしな現象が起こっています。しかし一方では、民間の校長が出てきたとか非常勤の先生は教員免許がいらない地域の人にお願いするといった、さまざまな試みも出てきました。が国でも、教育改革が実質的にスタートしつつあるのです。
学校教育が変わる
学校教育が変わっていく要因ですが、おおざっぱにいって、3つあると思います。
1つには、特にこれは公立学校についてですが、教育システムに対する不満が大きいということがあると思います。東京都で行なった調査ですが、保護者の半数以上が「不満」という風に答えています。これはたぶん控えめな数字ではないかと思います。
2つ目には、これまで行政の傘の下にすっぽりと収まっていた学校教育の規制緩和の動きが挙げられます。これは新しい「市場」を生み出す可能性を秘めているのですが、残念ながら日本はこの点で大変遅れております。たとえばということですが、教員免許は1度取ったらずっとそのままですが、仮に教員免許を3年ごとに更新しなければならない、としましょう。そしてその更新審査は認可を受けた民間団体がe-Learningで行なうことになったと仮定します。もし、一人当り1回につき1万円の更新料が支払われると想定しますと、年間200億円程度の「市場」ができる計算になるのです。もちろん、教育で金儲けをせよと言っているのではありません。仮にこのような規制緩和が実施されると、「市場」ができて質のいいサービスが提供される可能性があり、内需拡大にも貢献するということです。
3つ目の要因には、今日の主なテーマにもなっている「インターネットの普及」ということが挙げられます。基本的にインターネットは、みんなが情報を「共有する」ツールです。みんなが情報を共有することで、うまくゆけばよりよい社会が形づくられ、組織のガバナンスも変わってくる可能性が出てくるというわけです。先生とは自分の知っていることをそれを知らない子どもたちに教えるものだ、という教育スタイルそのものをインターネットが変えていく、いわば「パラダイムの変化」を引き起こすのではないかと考えております。
教育サービスの費用対効果
義務教育はタダであるかのように感じている人が多いようですが、実際は、義務教育には10兆円以上の公費が投入されています。小学生1人あたりにして80 万円以上の公費が支出されている計算になります。にも関わらず先ほどあったように、教育に対して多くの人が不満足なのだとしたら、これは何かしらの手を打たないわけにはいきません。
これまで教育に対しては、あまり「費用対効果」という考え方がとらえませんでした。確かに、授業がどのくらいの効果をもつかを測るのは難しいことです。しかし、よいサービスをどう提供するかという視点から、力を発揮した分、それに見合う成果がともなってほしいという「生産性」「費用対効果」という意識が、最近の教育改革のなかで芽生え始めてきているように思います。
広い意味での教育改革が始まる
IT教育、e-Learningの対象
医療や保育や介護などの公共サービスの分野ではだんだんと行政改革が進んでいるにもかかわらず、学校教育だけは依然として官僚組織によるガードが非常に高く、さまざまな壁が存在しています。とはいえ、IT利用のe-Learningについていえば、高等教育や社会人教育の分野で大変大きな可能性があり、数年後はビジネスとして十分に立ち上がっていることが期待されると思います。
技術者の養成、社内研修、リカレント教育、たとえばITや語学のe-Learningは、すでにかなり盛んになっていますが、一歩進めて、内容をきちんと認証したプログラムをさまざまな教育機関やNPOなどが担っていくということで一層、実質的な効果が上がるものになるのではないでしょうか。
IT技術者の不足
現在のところ、ITに関連して日本が直面するもっとも切実な問題は技術者が圧倒的に不足しているということです。たとえばの話ですが、e- government、つまり電子政府として、3300の自治体がそれぞれ自分のサーバを管理しなくてはいけないとしたら、少なくとも3300の管理者が必要になる。が、サーバ管理できる人はどこにいるの? というのが現状です。
多様性が求められる教育現場とe-Learningの活用
大学は競争の時代
今や、「一流大学を出ればいい職につける」というような安易な図式は崩壊しています。まだ法律化はしていませんが、近いうちに国公立大学は法人化し教職員は非公務員化するということになるでしょう。それとともに国公立大学は統廃合するなど競争原理を働かせようという動きが始まってきています。国公立大学にも、戦略性が求められる時代が来るのです。国公立大学が、いわば「私学化」するのですから、迎え打つ私学も、これまでにまして大変になってきます。
国からの研究資金投入については、これまでのように国立大中心ではなく「競争的資金配分」という形になるらしいです。また、大学を設置する際の基準が緩和されて、その代わりに、認定を受けた団体が設立後の活動を厳しく調査するというシステムが始まります。つまり、お国の御墨付きをもらえばいいということから、「本当にきちんと授業を行なっているのか?」「先生はしっかりとしているのか?」など「事後調査(=アクレディテーション)」の結果が公表され、消費者(つまり、学生や親)が選択するということになるのです。ここで、アクレディテーションは、国がするのではなくてNPOや学会などが実施するということになりそうです。これは、高等教育に関するとても大きな競争環境の変化となるはずです。大学は自主性を問われる、競争の時代を迎えつつあるのが現実といえるでしょう。
グローバルな競争
スタンフォード大学など、アメリカの有名大学が、e-Learningで大学院単位の履修を認めるという動きを見せ始めています。また、CMUがシリコンバレー企業を対象としたe-Learning主体の大学院を設立するなどの最新の同行もあります。
このように国際的に力をもっった有名な大学が、ITを活用した多様な形での教育を提供しようとしています。日本の大学でも、「権威」よりも「実質」を求める傾向が強くなるのは必然だといえます。これからは本当に良い教育を、利用者にとって便利で効果的に提供する大学が勝ち残っていく時代であるともいえます。そんななかで、ITの利用は教育における大きな要素になることでしょう。
初等中等教育も多様化へ
これまで述べたように、大学ではかなり本質的な規制緩和が行われ、それとともに、グローバルな競争が始まりつつあります。小・中学の場合はそこまではいってませんが、やはり規制緩和の動き、教育の多様化へと向きつつあります。大学レベルの話とはちがいますが、初等中等教育についても、より良いサービス提供者に出てきてもらおうということで、学校設置基準の緩和の流れがあります。
これまでは、文科省に言われる通りという感じだった自治体も徐々に動きが活発になっています。高校では、私立学校とみまがうような試みが実施され始めています。小中学校では、たとえば、長年進まなかった学校選択制が、この数年でずいぶんと普及してきました。足立区などでは、区内の学校をどれでも自由に選べるようになりました。そうなると、各学校でどういう方針でどんなことをやっているかを消費者(=子どもや親)に伝えることが求められるようになります。つまり、学校は今、どういうポリシーでどういったことをやっているかが問われ始めているのです。さらに、自治体独自の財政を投入して、学科担任制(専門的な知識を持った先生が専門の教科を教える)をとったり、小人数化、習熟度別クラスの導入などを進める傾向が全国的に広がりつつあります。
そんななか、制度としての一番大きな変化の可能性があるのは「コミュニティ・スクール」です。今されつつあるいろいろな工夫が、教育行政の巨大なヒエラルキの中での小さな改善であるのに比べて、コミュニティ・スクールでは、教員の人事権、予算配分などを学校や地域代表からなる協議会で自律的に決めてゆこうという、本格的な規制緩和を伴うもので、公立学校の選択肢を増やそうという提案です。これが実現するかどうかはこれからの検討次第ですが、いろいろなアプローチで学校の多様化が始まっているということです。
高等教育とe-Learning
大学に関する規制緩和によって、履修しなければならない124単位のうちの半分程度はネットで履修できるようになりました。さらに通信学部では、すべての単位をネットで履修してもいいということになっています。よりよいサービスを社会人を含めた広い層の学生に提供するという観点からも大学での本格的なe- Learning導入が現実的な段階に入っています。大学と同時に、高校でも多様な教育スタイルが登場してきています。たとえば単位制・定時制高校は、「もう一度学業をやり直したい」「もう少しさまざまなライフスタイルを追求したい」「インターネット技術を習得したい」など、ニーズが多様化していますが、最新のスキルを身につけるためのe-Learning導入という動きも出てきているようです。
ある試算によれば、高等教育でのe- Learning市場は2005年で1000億円に上ります。質の良い教育、多様なサービス、大学の生き残り、新しいタイプの高校という風に考えますと、 e-Learningの可能性というものは、かなり現実的な問題として、この数年でビジネスとしても立ち上がるのではないでしょうか。
パラダイムの変化とIT教育の今後
ITと学校教育
いろいろな組織や分野において、一般的に言って、ITインパクトというものは2通りあると思います。1つは、従来どおりの組織ややり方をそのままに効率化を図ること、もうひとつは、情報を共有することによって組織や物事の運び方そのものを変えていくことです。これまで述べてきたような変化が進む中、教育方法や教育組織がこれまでのままでいいということはないと思います。教育におけるIT、インターネットの効果としては、2番目の方に期待を寄せるところです。
情報パラダイムの変化
これまでは情報とは「すでにどこかにあるもの」というふうに捉えられてきたと思いますが、そうではなくて、人と人とのやりとりのなかから生まれてくるものだという考え方がこのごろは定着しつつあります。
情報パラダイムの変化にともなって、組織の形態も、一番上に偉い人がいてすべての情報をコントロールし、すべての意思決定をするという「ヒエラルキ型」から、現場に近い人が情報を共有しながら責任と決定権を持つ「コミュニティ型」へと移行していくでしょう。ガバナンスという観点からしても、誰かに支配されている形は現代ではなかなか成果が上がらないものであり、それぞれが持ち場での経験を生かしてどんどん提案していき、独自にルールを作っていくことが求められているのです。教育、とくに学校教育については、これまで、それとほ、まったく逆の組織体制になっていたのではないでしょうか。
学校vsインターネット社会
今の子供たちは、インターネットを通じでさまざまなことを知っています。表面的な知識だけということでも。もし先生が、子供の知らないことを教えるという形にこだわっていくとするならば、教職とは大変辛い職業になると思います。これからの授業スタイルとは、固定的な知識を移動させるとか、上下関係でなにかを「やらせる」という手法ではなく、情報を共有して試行錯誤させる、双方向性、自発性を重視したコンサルティングとかコーディネーションのような編集的手法が求められるのではないでしょうか。
IT教育の3フェーズ
IT教育というとすぐに「リテラシー教育」と思う人がいいのではないかと思いますが、「リテラシー」だけがIT教育ではけしてありません。リテラシーは第一フェーズといえるのではないか。好奇心旺盛な子どもたちは、ITのリテラシーというものはすぐに獲得してしまいます。心配には及びません。むしろ、リテラシーをつけないといけないのは先生の方です。IT教育の次のフェーズは「授業のIT支援」と言われています。それはたしかに重要なことなのですが、しかし、教科書にある写真をそのままプロジェクターで映し出すだけ。先生が依然として一斉授業をして、生徒は受身で授業を聞くだけ。という授業スタイルではITを活用しているとはいえません。基本的には、生徒それぞれの進度に合わせ、それぞれが興味を持てばさまざまな関連資料がどんどん視聴できる、先生は全体のコーディネートをしながら要所要所でアドバイスを与える。そんなインタラクティブな授業スタイルが効果的な場合が少なくないのではないでしょうか。ITが得意としているのは、実は、このような、インタラクティブな場面です。つまり、IT教育の望ましいスタイルとして、3番目のフェーズとして挙げられるのが「インタラクティブ・ラーニング」です。これは、「教える」という一方向的な授業ではなく、先生も含めてみんなで知識を共有して「学ぶ」授業スタイルを指向するものです。生徒たちは先生が与えるままの知識を丸のみするだけではなく、自分で考え、試し、他の生徒と相談し、まとめ、発表する。そんなプロセスの実現に向けて大きな力を与えるのがITなのではないか、そう思うのです。
