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ILAカンファレンス2004
講演「教育分野における情報化の現状とe-Japan戦略」

北海道大学大学院情報科学研究科 教授 山本 強 氏


 私の産学連携経験
私の専門はコンピュータグラフィックです。学位も画像処理で取りました。若いときからこだわっていたのは「ものづくり」で、ハードであれソフトであれ、理論や着想で止めないで、最終的には物にすることを目指してきました。物ができると、一緒にビジネスにしましょうという話になります。

よく知られているのは、3次元サインボードで、学校でよく使われているインターネット上で画像素材を自動的に作るサービスです。80年代半ばに作ったPC用数式処理システムも「REDUCEonPC」として商品化されています。会社が単独では研究開発できないものを、大学が開発し、地元の企業が実用化するというスタイルです。

最近は大学も変わりましたし、私も物を作る体力がなくなってきたこともあり、今度は私が事業に乗り出して大学発ベンチャーを始めてもいます。これまでに何社かやっていますが、面白そうな事業にスポンサードするということをしています。企業から援助を受けていたこれまでと反対です。経営にも参画して、地元の大学の教員たちでつくった会社の取締役もやっています。

 昔から実践されていた産学連携
最近は産学官の連携の機運が高まっていると言われます。規制緩和や大学の法人化の産物で、まるで今まではそういうことができなかったかのような議論をされていますが、私は20年ぐらい、それを実践してきました。旧国立大学時代でも、産学連携の方策はいろいろありました。制約もさほどなく、基本的なことは大体できました。

今、危惧するのは、法人化されたから、国が推進するから産学連携が自動的に進むという風潮です。やりたくない人まで無理強いされている傾向もあります。意欲のない人にできるほど甘くはありません。

 可能となった産学連携のパターン
産学連携の変容の境目は2000年くらいにあると思います。それ以前にも、企業からの受託研究や共同研究はできましたし、大学の研究者が事業に出資することもできました。2000年以降に規制緩和されたのは、(1)技術顧問という形で、会社の技術開発に会社の立場で参画すること(2)役員として経営に参画すること(3)会社を設立すること——の3つです。ですから、自分の技術を社会に還元したり、培ってきた技術分野を振興したりということは、以前からできたのです。が、実際には絵に描いたような産学連携とか、技術移転というのは、そんなに多くはないので、これまであまり活発ではなかっただけなのです。

 産学連携の苦い経験
私は大学を卒業後2年ほど民間企業に勤めましたし、大学に職を得てからも、サッポロバレーのベンチャー企業の人々と技術交流してきました。その経験からいうと、産学官連携は夢のような話ばかりではありません。私が技術顧問として協力し、投資までした会社が倒産したこともあります。そうしたリスクもあることはあまり語られません。大学に技術の蓄積があっても、それに市場性があるとは限りません。

泥臭い面もあります。表向きは技術協力の申し込みのはずが、実は相手企業がアルバイト学生を求めていたということもありました。大企業は、純粋に大学の技術を求めて産学連携を考えているでしょうが、中小企業レベルになると、切実なのは人材確保です。また、補助金などの予算獲得のために、大学との連携というお墨付きが欲しくて連携を求めてきたケースもあります。

企業は生き残りに必死で、産学連携は奇麗ごとだけの世界ではないのです。

サッポロバレー的IT産学連携

 サッポロバレー前史
サッポロバレーという言葉は2000年頃に作った言葉です。が、その前から歴史があります。出発は1980年頃です。例えば、北大の卒業生が㈱ BUGを作ってベンチャー企業を始めました。大学の中の人間のようなものですから、大学の事情にも詳しい。大学との協力の仕方も心得ている。テクノパークがもてはやされた時代です。札幌は「IT」を産業振興のキーワードに選びテクノパークを作り、そこに、BUGのような大学と共生していた企業がぴったりとはまり、学生発のベンチャー企業が集まりました。それがサッポロバレー的な産業振興の始まりです。

ITのベンチャーは現在第3世代に入っています。第1世代がソフトウェア・ベンチャー、次がマイコンベンチャー、そして今がネットワークをインフラとしたマルチメディア・インターネットベンチャーです。札幌ではこの3つの世代がうまく繋がっています。

 サッポロバレー成立過程
サッポロバレーは次のような過程で成立しました。

最初に、行政が札幌の工業立地のテーマにITを選定し、土地建物などのインフラを整備しました(テクノパーク)。そこに、ネットワークをテーマにしたベンチャー企業が集まり、北海道地域インターネット協議会ができます。メンバーの多くは学生ベンチャーの企業やマイコンベンチャーの企業でした。さらに、ネットワークが出来上がったところに、アプリケーションを開発する人や、ネットで販売するソフトやハードを開発する人が集まり、さまざまなムーブメントが起きてきます。

元々札幌にはデザイナーやクリエーターが多く、それとインフラがうまく結びついて、札幌エレクトロニクスセンターというインキュベーションセンターができました。そこにコンテンツを作る人たちが集まりました。

気がつくと、行政、ネットワーク、アプリケーション、コンテンツという要素が揃っていて、そこでネットワークコミュニティフォーラムというものが出来上がりました。インターネット上でコミュニティを作れば、必要な情報やノウハウを共有できるのでは、という発想です。

その中で、さまざまな活動がありました。インターネットを拠点に人が集まり情報を交換・共有し、そこからビジネスや福祉、教育と、自分の望む分野に足を踏み出していく。ネットワークコミュニティがそういう役割を担うまでに成長していきました。そして2000年にIT、ベンチャー関係を中心とした起業支援、学習、交流の場としてBizCafeが設立されました。

 札幌型産学官連携のシンボル BizCafe
BizCafeというのは、箱なのかムーブメントなのか。おそらくはムーブメントなのだと思います。それが、ある意味でサッポロバレーの産学官連携のシンボルとなっていて、それでいいのだと思います。BizCafeは誰のものでもないし、だからといって札幌はBizCafeだけだということでもありません。

技術が高度化し、組織や社会が複雑になった現代社会で、何かをやろうとしたら、自分ひとりでは完結できません。それぞれの専門家が集まらないと何もできない。そうした問題を解決するためにコミュニティというのは非常に有効です。親睦会ではなくて、目的を持った「貯め」の場所です。それを作るにはそれなりのエネルギーが必要です。

札幌では、地元の経済界や行政の人たちが、一歩下がった高所からサポートしてくれたのだと思います。若い力だけでは限界があって、経済界や行政がお墨付きを与えるとか、支援するとか、そういうこともなければうまくいきません。

80年代から、さまざまことにチャレンジしてきましたが、いろんな人が出入りしました。一貫して活動しているグループもある。それぞれが成長しながらいろんな活動につなげてきました。ある日ぽっと出てきて、まったく知らない人たちが何かを作ったというわけではありません。地域の中で、文化が人を経由して糸を紡いでいくということがありました。それが、札幌型なのだと思います。

札幌には多くのベンチャー企業がありますが、根っこをたどっていくと、BUGなど4つの会社しかありません。そこから、枝分かれしていろんな企業が生まれてきているのです。ですから、ほとんどが知り合い同士という状況です。

サッポロバレーにマニュアルがあったわけではありません。胎動期には、まわりから馬鹿だと揶揄されていました。サッポロバレーの成立には大学が関わったと誤解されていますが、ベンチャーを作ろうとしていた学生は、先生に怒鳴られてばかりでした。「税金を使ってせっかく教育したのに、自分で会社を作るとは何事か」と怒られていたのが、今のベンチャー企業の社長たちなのです。

 新しい段階にはいったサッポロバレー
サッポロバレーやBizCafeはそれなりに成果をあげました。ビジネスコミュニティやネットワークコミュニティというのをハブにして技術や文化が伝承されています。その伝承に使われている道具がインターネットです。

今後、サッポロバレーはITだけではなく、IT複合型構造へと移行しようとしています。北海道経済局は、スーパークラスタ振興戦略と言って、IT+α、たとえばIT+バイオやIT+第1次産業などの形の産業を目指そうとしています。

新しい段階にはいったサッポロバレーに重要なのは、ITの中核分野で主導権を握れる分野を持つことだと思います。インターネット上の基礎アプリケーションや、移動体通信、データ放送などの分野が考えられます。そういうことのために産学連携が必要です。

現実は厳しいので、大学に世界的な特許などを期待するよりは、大学を技術教育の拠点とし、企業の社員を大学のゼミに参加させたり、大学が研究テーマや教育コンテンツをネットワーク経由で地域の企業に公開したりなど、そういう地道な活動が大切です。

 産学連携成功の鍵は、目的意識とニーズの合致
産学官連携に対する産業界の期待は、大学が企業の要求に応えることで、大学の研究者の期待は、企業や行政が研究者の要請に応じてくれることです。が、これは相反しています。

互いに向こうが何かしてくれると期待しています。産業界は大学に企業のための研究をして欲しいとか、連携すれば予算がつくとか、研究者は自分の研究を企業に製品化して欲しいとか。行き着くところは「共同研究プロジェクトは予算がつきやすい」ということになってしまいます。そして、何も生まれない。そんな状態を脱却して、お互いに利益が生まれることを見つけられたら、産学連携は成功します。そのためには、できるところからやることです。それぞれ目的意識があって、ニーズが合致するから提携する。そういう産学提携にチャレンジしていただきたいと思います。

 情報ネットワークは、人や文化を繋ぐインフラとして機能している
サッポロバレーの歴史が教えてくれるのは、情報ネットワークやインターネットは技術というより、人と人、人と文化を繋ぐインフラとして機能しているのだということです。インフラをうまく使って、いろんな活動をしていく。これが、札幌ではうまく機能しました。

札幌は大学発ベンチャーが活発で、IT系よりはむしろバイオ系が多いのですが、それらの会社には必ずITの人間が関わっています。地域にとってほんとに必要なのは、地域の人材の最低水準の引き上げです。そこから、地域の特色を作り、コア分野を育てて行く。そういう人材を育てる教育メカニズムを作っていただけたらと思います。